2009年06月01日

えろー 独白 毒はくー

寒い季節より、暖かい季節のほうがいいのです。

寒い季節は
内にこもりがちで 何をするにも億劫でした。
春になるとおかしな人たちが現れますが
その人たちの気持ちが少わかる気がします。
変なことはしませんが、自分の気の持ちようが
すこし半音上がって、うわずっているのは
歳を経るごとに感じるからです。

私には周期があるのか
モテ期とはいませんが、
まったく女性に出会わない時期と
ボロボロいろんな方と出会う時期とがあるような気がします。
でもこれは
私の周期ではないのかもしれません
大いなる地球の何かの
自然か何かの周期が バイオリズムが
私や 私の周りに影響を及ぼして
出会いのキッカケフィーバーを振りまいているのかもしれません。

私も大人になったので
女性を見る点で
一つ余計な解釈が加わりました。
スタイルがいいか悪いか ではなく
この人と気持ちよくセックスできるかどうか
という予想をする場合があります。
例えば、テレビでしか見ていないので
実際会うと、印象が違うかもしれませんが
このコはきっと、いいフィーリングじゃろうな とか
ああ このコはきっと閨(ねや)を共にしても
気持ちよくないだろうな とか。
もっと下世話なことだと
ああ、このコの口元は・・・とか、
至極、下世話なこと冷徹に考えていたりしています。

子供のころは、この視点は皆無でしたのに
まったく余計な予想です。
ただ 勘違いしてほしくないのは
この予想は
このコはエロそうとか やれそうとか そーいう予想ではない
ということです。
もっと感覚的で
全体的な印象として、、
熱とか(低音 高温??
肌の感じとか (すべすべ?もちもち?
抱いた時の腰の据わり感とか(えろいですね

たまっているといえば、それまでかもしれない
でも、なんとなくこのコの場合は・・・と
頭の片隅で考えてしまう。

でも こーいう視点て
女性にもあるのだろうか と ふと。

やっぱりデカイ男が、とか
細いのよりは てぷっとした感じが上に乗っかてると安心とか
デブは重いし肌の感じが油っぽい
それよりサラサラで細くて硬い(身が詰まった)のがいいとか
同じ人間なので
そーいうの
女子だって考えているはず。
ちんちんが大きいのとか
まんまんがステキとか
そーいうのは直接すぎて、実際はそれほど
重要なファクターではないはずかなと。
あまりにも小さくあまりにも大きいのは
物理的に物足りない もしくは 痛いで
良くないのだろうし
男も入れてみて んーなんかこー しっくりこない、、
というフィーリングがあることはあるでしょうが
でも 抱き感 というか
触れ合った感が いいか悪いか これが重要なのかなと
↑のエロい話を弁解すれば
このコとセックスしたらどんな感じ?という予想も
そーいう感覚をイメージを・・・
(あ 弁解したつもりが やっぱりエロい だめだ変態だ

なんというか
春なので
ブログもエロいかもです。


全然 どーでもいい話ですが
色恋において
年齢は明らかに武器です。

男は 歳をとっているだけで
若い女のコからして ポイント高めです
(内容はたいしたことがないのに、、あー)

女のコだって
大人の色気、落ち着き、話の理解感と
焦らず騒がず、小雪のように振舞えばぁ
年上も、年下も 百戦百勝でしょう。

若いのも 強みでしょうが
お金も気分も ちょと落ち着いてからの
色恋は それはそれで。 と 個人的には思うのです。

まぁ
私の場合
モテ期的な状態でも
すべて 見逃し三振ではありますが、、、

色恋関係なく
学生時代の女子の友達にも
旧交を温めたい気持ちもありますが
この歳になると
いろいろめんどくさいことになっていそうで

人生とは
というか
総じて めんどーくさい。

そーいう意味で
私は
ほんと、悪い人間だと つくづく思うのです。
Lonely
but
so simple.

でもそれは 良くないと 心のどこかで引っかかりながらで
自慢できるような在り方じゃない と。

ただ 弱さ寂しさで 明らかに複雑なる道を爆走するのは
やっぱりできない。

だから 僕は駄目なのだろう たぶん。
posted by powered by steel at 02:45| 東京 雨| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月19日

また散々文

「あなたのため」という言葉ほど
悪趣味な言葉は無い。

誰かの
尺度で
自分の尺度が
社会的に
不適合だなんて
言われたくは無い。

だれが
1m という単位を決めたのだろう?

便利がいいから
長さを統一しただけであって
それが
肘から手の爪先までの長さを1mとしてたっていい

便利がいいことが
正しいなんて
ことがあってたまるか

幼くて
間違いだらけで
恥知らず



何が悪い。


この何でもありの世の中で
体制 というものがあるのなら

この何でもありという事態自体のままでは
困ると
完全善を振りかざすのが
体制 なのであろう。

煙草は 悪
深刻なことを茶化すのは 悪

誰でも
悪だと 思うことを

非の打ち所がない
ことを
盾に

悪を犯した人を
規定を外した人を
罰する
「あなたのため」に名のもとに。



裁判員制度。

一個人が
人を
裁くのではない
社会が
人を
裁くのである。

ブログで
炎上 というのは
ネットという社会で
そのペナルティーを犯した当事者(筆者を
裁く行為。

裁かれたものは
謝罪をし
不適切な書き込みを削除する
もうそのような軽率なことをしません と表明する

これが
現社会の 裁判においても
謝罪をさせ
もうしないと 言明させる ってなプロセスを
経るのもいいかもしれない。

私たちが
社会と
接しているという実感を持つのは
その社会のルールに反する行為を罰したり(司法)
合議によってルールをつくり(立法)
何を優先させ 何を実行するか(行政)
を決める時だろう

私たちは
社会と
接している
感覚が無い

官僚が無駄に有能で
政治家が青臭く
弁護士に金を払って雇わなければ やる気がない からだろう

裁判員制度というのは
社会に
組しているという実感の発露でしかない。

社会を構成している
人間として
どう裁くべきか
意見する

それは 極悪犯罪者を憎むためではなく
被害者の腹いせの代弁者としてではなく
社会の公正と
社会の秩序のため で なければ

社会の名のもとに
裁くことは できない。



「あなたのため」の名のもとに と
「社会」の名のもとに

社会的な制裁を
自己研鑽の具として 代入することは
間違っている。

幾ら
世界中に
垂れ流す
ブログであっても
それが
間違いで 馬鹿で 愚かであっても
そんなこと
腐るほどの 情報の中では
ゴミも 塵ほども ことでしかない。

社会として
限度と

一個人の戯れに
目くじら立てることと


いつの時代も

声が大きなヤツのごり押し。

どんなに頑張っても
公正は
得がたい
だからこそ
公正を求めなければならない

完全な公正ではなく
許容と
寛容と
そして
あまりにも度が過ぎるものには
ペナルティを

公正とは
恐怖政治ではなく
許容・寛容
そして、馬鹿なことが 間違ったことも
かけない社会なんて

くそ食らえ。


私は
秩序と混沌を愛する無政府主義者。

想像してごらん
政府の無い世界を。

きっと なくても
なんとかやっていけるし
そのうち 政府っぽい機能が 出てくるだけなので

問題は
「無くては困る」ではない
「無いなら創る」である。

無政府主義者らしくない無政府主義者なのかどうか
知ったことが無い
無い ということは
後は作るだけなのである。

創られたものが
意味を無くしているのに
守り通す意味など
何処にあるのだろうか?

意味が無いのなら
作り直す。

伝統とは
守ることではない と
京都の人も
言っている。

posted by powered by steel at 02:05| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月18日

風が強い なんか外でごーごー鳴っている

はしのえみが

「しんどい」と思ったら 結婚はダメだとのこと。

うむうむ
しんどい と
ちょっとでも思ったらダメだわな。。。

つじのぞみは
なぜにテレビに出るのだろう・・・
あ 旦那がそんなに稼いでいないからか、、
吉岡みほが 深夜のテレショップっぽいのに出てたな、、
グラビアにて イツザイ感が ほとばしってるなぁと
昔思ったが
今では ママさんだもんな
旦那の変わりに 働かないとなんだなぁ、、、


結婚とは
許容であり(しんどいと思った時点で 許容できていない)
道づれ である。

自分の人生に
他人をつき合わせるのである
いわば 自分の人生の
道づれ なのである。

無意識に
道づれに できる できない
を 頭で判断してしまっていることが
あるやもしれない。


いろいろ
貧富の差とか 身分とか ありますが

結局
道づれにしなければならないし
結局 結婚となれば 道づれになってしまうのだから
一緒に みちづれになってくれる人に
出会えることは
とてもとても 尊いことかなと。

言葉は悪いですが
みちづれ というのは とても ロマンチックではないかと
個人的には思う。


つじのぞみ 曰く
結婚はスピードとのこと
一目ぼれの太陽君を
たゆまぬアタックで篭絡したのは
ていの良い 男子を うまく自分の人生に組み込んだ
良い例なのかもしれない。

男にとっても
女にとっても

相手は 道づれなのである。
posted by powered by steel at 01:08| 東京 不明| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月17日

弱虫

私は
弱虫なので
自分が窮地に立つようなことはしない。

リスクを
考えてしまう。

大幅に損をこいても
立ち戻れるすべを
考えている。


精神的に
強く何かに
執着することは

精神的に
無防備に近い。

決めること
頼り切ること
思いを深く込めること

その裏返しは

致命的なダメージ


人間、
そうわかっていても
信じたいものを信じ
頼りたいものに頼り
何かに意味を込めようとする。


私は
そんな
精神的に窮屈さを
好まない

それが
弱虫で
何も得ることの無い 人生だと
うぞぶかれていたとしても



長い春も
私は
好まない

温い冬も
私は
好まない

生殺し
無駄に続く関係

煮え切らないこと
煮えきろうとしたりしなかったり

妥協の成り行き


後で
深い後悔になりそうなものを
その時の
寂しさや
悲しさで
お茶を濁すようなことは
好まない


後々の
ダメージが
怖いから。
posted by powered by steel at 03:11| 東京 曇り| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月14日

さんぶんふぇあー

疲れた。

二十代後半というのは
なかなかいい時期だ

15、16とは違う
惑いがある

あてのない
違和感や

ありあまった余剰

そーいうのではなく

ちょっと
切羽詰ってきた感がある

女性なら
結婚を考えるもの
無理は無い と
この歳になって
ひしと感じる。


ジュリアン シュナーベル

嫌いじゃない


村上隆

よくわからない

価値が
あるとか ないとか って

欲しがるやつが居れば
価値がある

欲しがるやつが
いないなら
価値が無い


誰も
欲しがらないものばかり
つくったって
仕方が無い。

まず
自分が
欲しいものを
創る。

他人が欲しがるものなんて
わからないのなら
まず 自分が欲しいものをつくる

一体
自分は
何がほしいのか?

人の
欲求なぞ
自我ではなく
「他人の欲求」

自分が
何が
欲しいのか

自分は
一体
なんなのか

その
問いは
すなわち

自分以外の
誰かへの
目線に
繋がる。

哲学は
自分への目線
自分を超えて それ以外への目線

posted by powered by steel at 03:04| 東京 曇り| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月07日

end or start

確かめもしないままに
勝手に思い込んでしまう

なんて いうことは

防ぎようが無い。


書いてあることが
日記のことが 本心とか フェイクとか
そんなこと
書いている私自体
よくわかっていない。






ストレートなことがいい

それだけ

シンプルがいい

だれもが
求めている

シンプルに

ただ
それだけを

一つだけ

余計なものは
いらなくて

浮ついた気分など
モノの有り無しなど いらない

ただ
その人と
私が 居れば それでいい。

そんな
ただ普通な

そう思い合えることが
なによりも
尊い。


真心

心の真

そーいう
不器用なまでに
真芯な

心の持ち主に
なかなか出会えない。


なんべん
称えても
しょーもないのだが

人間として
弱かろうが
汚かろうが

ストレートな心を持つ人
それが 何よりも何よりも 尊い

そーいう人が
虐げられ
心をつぶされ 無神経にずたずたに
さらされるのを
平然と 見てはいられない。



何も
してやれん。

あまったれの
一見 やさしい風の人ほど
しょーもないんやが

どうしようもない。

かといって
私のような 人でなしは もっと悪かろう

それでも
傍観はできん
どうにか その心を守りたい。



どうしようもない。


何も
できない。


くだけた心を
拾いつなぎ合わせる ことしかできない

所詮は
私は
坊主なのでしょう。

坊主なら
坊主を
やりきる ほかないか

私の
残り少なき
時間に

たやすく 坊主の一生としてしまうのか

それとも
万分の 奇跡を 求めようか。


どうしようもない
求めては逃げ 求めずにいても離れ

迷宮に彷徨って
永遠に出会えぬのかもしれないし
また出会えるかもしれない



さて
posted by powered by steel at 02:49| 東京 雨| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月03日

回る事

髪を切って
気分がいい。

髪は記憶で 何かしら
自分の体の 一部 断ち切るってる感。

山崎つとむ氏の次女
オプチューンという化粧品 初代のイメージガール
このCMを見たとき
私は一人で 稲妻に打たれた感じ
このCM!!!! イイ!!! そして このおねーさん!!!

そして 「ハル」という映画を
ビデオで見たっきり 見ていなかった
山崎なおこさんが
麒麟麦酒のCMに出るとのこと

衝撃・・・と 恍惚。


ゲッケイカン「つき」

お酒のCM
このCMの雰囲気
とてもとても好きで
永作さんの魅力万点

ああこんな人といっしょなら と
「私の趣味はあなたです」で ぐっとくる。
その言葉を
体現する永作さんの素晴らしさ。


そんなCMを創る人と
永作さんは結婚をしたことが
嬉しくて嬉しくて。


昔の印象が
また
今となって 蘇ること

ノスタルジーではなく
現在のことととして
進行形として 現れることに
ぐっとくる。


忌野氏 逝く。

あの声は
響く。



女性は
必ず男に幻滅するので
プライドの高い男は
それに傷つくと。

女性としては
明らかにダメな男か
明らかにバカであるほうが
幻滅の前に、明らかなしょーもなさを
知ることになるから
後々付き合いやすい。

人間
うつろいやすく
感情はアップダウンするので
裏切らない人間はいない
小さく 大きく
裏切り
知らずに また 意図的に
裏切る。

私も
きっと 知らず知らずに裏切っているか
もしかしたら
人と深く関係しないので
私への信頼を 誰も持ち合わせていないので
僕はこれまで 誰も裏切ってきていないのかもしれない

裏切りは
期待感の強弱
信頼の有無
寄りかかりの度合い

この先
誰かが誰かを
好きになり
共に住み始めたとして
そこに至るまで
信頼し 期待を 相手に持った場合
小さく 大きく
人は人を 裏切ることになる。
最初は
裏切りに耐えれなく
人と別れることもあり。

でも また人と付き合いだす。

そのうち 裏切ること 裏切られることに
鈍感になって
裏切りへの憤慨を
違う理由で 補填して
関係を持続する すべを知る。

付き合ううちに
信頼や期待は 鈍化して
信じて頼る のではなく
同居人 家族として

存在は 特別ではなく 所与(すでに与えられているもの)になる

期待も 日常と溶け合って
期待しなくなる。

それは
アイジョウの昇華ではなく
関係の成熟
関係を持続して起こる当たり前の出来事。


人間
要は
納得したか しないかでしかない

客観的事実や
主観的感情や
もっともらしい 理由をかき集めて
関係を保とうとするか
するのを止めるかでしかない

そーいうことが
面倒になり
人間そこまで いけづでもないので(意地悪くもないので)
歳を取れば
時が経てば
運命の人であろうが 人でなかろうが
納まるように 納まる。
それは
恋愛 どうこう でもなく
人間愛 どうこう でもなく
互いの利害が
暗黙のうちに 無意識のうちに一致して
関係するのみである。


↑のことが
いいとか 悪いとか 言うつもりはない。
そーいうふうに
大方なるな と 考えるだけ。

歳を取ることで
有益なのは
鈍化すること。

おっさんが
妙に鈍く 子供から見えるのは
歳を取っているから。

鈍く
なりたくないんだが
小ざかしく
鈍くなっている自分が
場合によっちゃー
都合いい と
二アリ とすることもある。


昔も書いたけれど
結婚とは
二人の関係を
公表して オオヤケにする ということ。

「結婚は 友達からも祝福されたいー」 という欲求は
オオヤケにしたい という 欲求。

紙切れ一枚でも 公式に日本国憲法上
友達いなくても オオヤケに認められるので
婚姻届は
たかが紙切れ されど紙切れ なのである。

では なぜ 人に祝福されたいかと言えば
二人だけでは 不安だから。それだけ。

私からすれば
二人だけで 十分と 思うのだが
しかたがない。

僕は
結婚式のムードが好きだ

その当事者になりたい とは 思わない。

めでたいので
祝福するが
どんなに紆余曲折があろうが なんだろうが
基本的に
単に二人でいるようになったこと だけなので
そこに祝福もなにも と いう気分が少なからずあるかもしれない。

子育て等々 1個人が 2人になって”家族化”した際、
社会から なんらかの手助けが必要なので
オオヤケにする必要はある
でもこれは 原始的な動機であって
現代の動機は 心理的な 自分たち以外からも認められている という
安心感を 何かしら欲している しかない。

昔なら
センシティブだったけれど
今の私は
こう言ってしまう

私には関係の無いことだ
あなた もしくは あなたたちが 幸せだろうが
不幸だろうが。
ただ 困っているなら
言ってもらい
私は あなた もしくは あなたたちをどーこう 思っているのではなく
その問題で窮しているということに
興味があるんだ と。


私は 対人は 得意だが(タイマンは得意)

対集団に 関与することが 苦手だ。

仕事以外の局面で (仕事では 話は別)
対集団 に 関与した場合
いろんな意味で メンドーなのだ

ということを
これから論証すると
また 長くなるので
それは またの機会に。

私のブログを
見ている人は
私が考えていることが
牛の反芻のようで
同じことをなんども繰り返し
でも
ちょっとずつ 変質もしくは前進していることを
読み取って くすっと ほくそえんで くれているなら
私は 幸せ。



「架空の料理 空想の食卓」 ←良い本
http://www.amazon.co.jp/%E6%9E%B6%E7%A9%BA%E3%81%AE%E6%96%99%E7%90%86-%E7%A9%BA%E6%83%B3%E3%81%AE%E9%A3%9F%E5%8D%93-%E6%BE%A4%E5%8F%A3-%E7%9F%A5%E4%B9%8B/dp/4594057306


良く生きたい

でも
だれも
そんなこと 考えていない。

ただ 戸惑うだけだ。
posted by powered by steel at 05:25| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月01日

夏→秋

インフルエンザが
拡大。

知られたインフルエンザでも
重篤になるというのに

初めて出会うインフルエンザであると
どーなるの?
というのが 誰もわからないので
どうしようもない。

数ある病気の中でも
インフルエンザは
感染力が高いので(飛沫感染らしいけど 空気感染に近いかなと

お偉方が 必死なのも
パンデミック(大流行☆)に
真面目になっちゃう ポテンシャルがあるからで


ウイルス(インフルエンザ)は
たぶん
季節的には 拡大しずらい
(夏のインフルエンザ!が無いのは
インフルエンザちゃんが 寒くて乾燥しているのが 好きだから。
なので 冬といえば インフルエンザ! なのだな)

なので
今年一杯
インフルエンザ! インフルエンザ! と
騒がしく 続くかもしれない。

夏あたり 収束するか
ニュースの面白みが無くなって 興味を引かなくなるかで
落ち着くかもだけど
秋になるにつれ
また ちらほら 出てくる可能性は大きい。


経済は 悪く
パンデミックとなると 火に油で

引きこもり気味な私には
願ったりかなったり、、



会社が休みになることは
あるまい。。

まずは
黄金週間。

ゆっくり 休もう。。



メキシコでの発見から
各国への感染傾向を見れば
どれくらいの期間で
日本上陸するか 目論見ができよう。

なんだかんだ 飛沫感染

マスクは 侮れない。


ウイルスは 体内で爆発的に
増殖して
抗体や体力があれば
ウイルスに辛うじて勝てると思うが・・・

かかってからじゃないと なんともいえない、、

タミフルは
ウイルスの増殖を抑えるらしい。
(ウイルスをやっつける訳ではない。)

二日以内というのは
爆発的増加の一歩手前ってことか・・・


マスク。
苦手なんだなぁ うりうりう、、
posted by powered by steel at 02:04| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月28日

ぶろぐ道

柄にも無く
年金、介護と
暗めなニュースを見ていると
自分が年老いて
あとちょっとで死ぬ
そんな
シチュエーションを勝手に想像して
居たたまれない 今日この頃、、、。


中川しょーこ なんか最近 へんな色っぽさあり
男でもできたか
科学君を見ながら思う(TブーS)

http://www.tbs.co.jp/program/kagakukun.html

(↑が おもしろい)

あ 書こうと思っていたことを思い出した。




どうも 僕は言葉をうまく使えない。

できれば

ピンチな人を うまくガイドできるような

ばちんと はまったことを言えればと

思うことが ある。

そんなうまく、言葉を扱えたら
皆 苦労をしないのかもしれないけれど
良い言葉が 自然と出るようになれればと思う・・・


逆に
なぜ人は うすっぺらでも
言葉に感銘して 誰かのアドバイスを
深く信頼するのだろうか

私も それっぽい言葉を
乱発して 変に共感を得られれば
なのだろうけど
そーいうの なんか違うと思うので
言葉にしたくない。


でもだ
世の中 そーいう場合が多い気がする。

あーこー いろいろ考えて
ひねり出した言葉は
相手に 伝わらなく

さらっと出た それっぽい言葉が
相手に妙な感銘を与えること・・・ 山盛り多し、、、


さらっと 何気なく 自然体で

つたえられたらだけど

口で語るより

言葉にするほうが

難しい。


美しい詞は
書ける

でも それは どうだろう?

誰が読んでも

どう 読んでも

同じように
響く文章って

難しい。


ブログ道か・・・

また 精進おば、、
posted by powered by steel at 01:43| 東京 曇り| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月27日

どくはく

情熱大陸

麻生くみこ

「カンゾー先生」を見たとき
なんとも不思議な魅力と思いつつ
中野某という監督の常連女優な感じもしつつ

からっぽ が この人のキーワードと
情熱大陸では 言っていたが
でも
そーでもない 一筋縄では行かない
何かを感じる。

こだわり 葛藤 それが すべてではないでやんしょ。



子供は
人を見抜く。

なぜ
人を見抜けるのか?

それは
人を 見たまんまで評価するから かなと。

子供でも
人を見抜けない子もいますが
良い先生 ダメな先生というのは
見抜けていたはず

先生の挙動 言動 すべてが
彼らの 熱い目線にさらされて
子供は
評価を下す。

あたしは
こーいうのが好きで
人を見るのが好きだった。

それに
自分と他人が組している
人間関係や その他の勢力(? の
パワーバランスを考えるのが
好きだった。


人を信じる
ということが
必要かどうか
私にはわからない
ただ
他人に与える私の印象を薄めている原因は
人を信頼しきることがない という
私の態度を
なんとなく 他人は見透かしているのかもしれない。

私は
人を信じない割に
人のために いろんなことをするのが好きで
それが
妖しさを 増大させるのかもしれない。

自分本位で
自分 自分というのが
よくわからないので
そーうまく生きられない
私は
鈍感な人には
やさしい人

敏感な人には
妖しい人 と
映るのだろう。


私は
器用じゃないな うは


あー うだうだ 書いてしまった、、
posted by powered by steel at 01:16| 東京 晴れ| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする