プリウスのCMを観て
とたん 思うことは
亜米利加のような国に住みたくないなぁと きっと
悪夢のようだろうなぁと思うのだけれど
きっとそのうちに 時間の問題なので
悪夢の準備をしてゆくほか無いなぁと。
ぶらっとピットのセブンという映画では
出産が危ぶまれている
こんな世の中に子供を産んで
子供は幸せになるのか?とよくわからん議論を
グゥイネスとモーガンの間でされていた気がする
こんなにはっきりと、うんちみたいな世界だから
生まれてくる子供はどのみち不幸だと 話しているのも
珍しいなと
印象に残っている
不幸を甘んじて
享受するほかない
寛容な人間社会であって
子供すら育てることができず、
子供によって親が害されるか、子供がたくさんの人を殺すか
自分を害し、他人を害し、
白の悪魔に、骨を溶かすか。
それを
甘んじて受け入れる寛容で偉大な社会。
だからといって
人間の数だけ
それだけの寛容が必要であって
精錬潔白で、強力なジャスティスを求めよう物ならば
何が起こるかというと
ポル・ポトであったり、アルドフであったり、ヨシフであったり
まぁ
徹底すると 彼らのように
「ダムに丸太が浮いてるね・・・」ヨシフ
「書記長、あれは死体です。」側近
ということになると。
まぁ どーでもいいや
なるようになる。
毒をくらわば 皿まで。。
私の誕生日に生まれた人は
リチャード三世(それを知る前から すっごく気になっている人であり戯曲)
ヒンデンブルク(独逸軍人)
印度のガンジー (正確にはガンディーらしい)
が主ですがぁ
ガンジーのように
世界に訴えかけるようなことはしたくは無いけんど
彼のメンタリティの本質に私が近いかもしれない
という感触は在ったりする。
(残念ながら私は平和に興味は無い)
(なぜなら、平和と言う状態が 異常 であると)
(私は思う。)
(だからと言って、戦争状態が普通であるわけでもなく)
(戦争中でも平和もあり、平和の中に戦争はある)
趨勢に関して、無抵抗(=ガンジー)
こーいうスタンスだと。
写メ日記が面白い。
こー長々 書く必要が無いので
凝縮した表現が可能で楽しい。
自分で作って、自分で省みて楽しいのだから
自分の文を 自分で楽しむという
この自惚れのほどを。。。浅ましい。
これほど人間が沢山いれば
自分が必要で
掛け替えが無い ということが
あるはずがなく
代えなら いくらでもいる と
私は思う。
なので
皆 心のどこかで
自分以外で 構わないんでしょ?と
思っていて、
そこで あなたしかいない!と言われるのに
人間は弱い
今まで、自分は裏切っても
相手は裏切らない なんていう
慣れが
通用しない、相手から一秒でも心が離れたという
事実に驚愕し
驚き おののき あわてふためる。
自分と他人が
掛け替えの無いものだと
相互に尊重し
掛け替えの無いという無根拠で、曖昧な前提であることを
だましだまし 奇跡的なバランスを維持しながら
生活を続けること
それを俗に 安心という。
長く続く カップル(恋人であろうが夫婦であろうが)というのは
だましていようがいまいが 結果的に
奇跡的なバランスが保たれている
ファクターの在る無しでしかない
そのファクターを 愛に求めるっていうのって
いかにも 酷 であることは
小学生でもわかる話で
いちいち 書く必要も無い
それでも 愛情や
不変や普遍や
言葉にならない 何かを
不毛に
不毛に 考えることが私のライフワークであることに
変わりが無い
30歳後半の男が
新宿にある産婦人科の医者と偶然知り合い
幼い女の子を預かってしばらく育てることに。。。
女の子の母親は 18歳で
女の子は3歳
この設定で誰か
小説を書いてください。
明日 朝 すっごく寒くなるって。
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暖かくして
お眠りよ。
ごめん
暖かくしても 冷たいんだ。
もう二度とバランスを崩すようなことをしなければ
きっと まるくおさまる
それが言いたかったんだ。
壊すこと乱すことは もうしちゃだめだよ